【実録】新卒で入った全国チェーン飲食店が、想像を絶するブラックだった話
「石の上にも三年」——就職活動で耳にタコができるほど聞いたこの言葉は、私にとって救いではなく「呪い」でした。
新卒で入った全国チェーンの飲食店。
待っていたのはお客様の笑顔ではなく、終わりのないシフトと土日祝なしの連勤、そして「休憩10分」が常態化した過酷な現場でした。
足の感覚がなくなるまで働き、深夜の清掃中に友人のキラキラしたSNSを眺めては、「自分は何のために生きているのか」と虚しさが募る毎日でした。
「今辞めたら人生終わりかも」という恐怖。しかし、心身の限界を迎えた私は、ついに「次も決めずに退職」という決断を下しました。
この記事では、ブラック企業の洗礼を浴びた私が、なぜ「逃げる」道を選んだのか、その生々しい実態を綴ります。もし今「自分が壊れる」と直感しているなら、どうか読み進めてみてください。
理想に燃えて入った新卒1社目。待っていたのは「24時間営業」の洗礼
| 項目 | 新卒1社目(飲食店)の実態 |
|---|---|
| 推定年収 | 約290万円(ボーナス込・残業代込) |
| 休日形態 | 連休なし・土日休みなし(月4〜6日不定休) |
| 休憩時間 | 実質10分程度(バックヤードで立ち食い) |
| 勤務シフト | 弾丸シフト(深夜2時閉め〜朝7時開けなど) |
大学を卒業し、サービス業のプロを目指して入社した全国チェーン。
しかし、配属初日に待っていたのは、お客様の笑顔とは無縁の「殺伐とした作業場」でした。
分刻みで吐き出されるオーダー票、山のような仕込み、終わりのない皿洗い。
新卒に求められたのは「接客」ではなく、いかに効率よく店舗を回す「部品」になれるか。
夢を語る余裕など一瞬もなく、初日から理想と現実のギャップに打ちのめされました。
「休憩10分」が当たり前。座ってご飯を食べる暇さえない日々
求人票の「休憩1時間」という文字は、現場ではただの飾りでした。
ランチのピークが過ぎても、次々と入るテイクアウトや仕込み作業に追われ、まともに座る暇すらありません。
「今のうちに流し込んで!」と言われ、バックヤードで立ちながら冷めた賄いを5分で胃に詰め込む。
鳴り止まないオーダーベルの音に急かされ、一口食べてはホールに戻る。
12時間立ちっぱなしで、座って一息つくことさえ許されない毎日でした。
タイムカードを切ってからが本番?サービス残業の常態化
店には「人件費削減」という絶対的なノルマがありました。
そのため、退勤時間にタイムカードを打刻してからが「本当の仕事」の始まりです。
打刻後に戻って事務作業、翌日の発注、深夜の清掃。
店長からは「仕事が終わらないのは自分の効率が悪いからだ」と言われ、サービス残業が当たり前の空気。
会社に尽くせば尽くすほど、自分の時間がタダで削られていく恐怖を感じていました。
カレンダー通りの休みなんて存在しない。友人と疎遠になる孤独

年間カレンダー等は配布されますが、休日に人手不足で呼び出すこともザラでした。
土日祝は「地獄の繁忙期」世間が休むほど忙しくなる皮肉
世の中がゴールデンウィークや年末年始で盛り上がっている時こそ、私たちの現場は「戦場」と化します。
土日に休みを希望することすら、裏切り者のような目で見られる雰囲気。
友人がSNSで旅行や飲み会の写真をアップしているのを、深夜の水分補給中に眺める時の虚しさは言葉になりません。

自分だけが世の中から隔離され、別の時間軸で摩耗しているような深い孤独感に苛まれました。
連休?何それ。シフトの穴を埋めるためだけに生きている感覚
慢性的な人手不足により、休みの日でも店長から「欠員が出たから今から来れる?」と電話がかかってきます。
断れば残った現場が地獄になることを知っているから、NOとは言えません。
結果として10連勤、15連勤は当たり前。連休なんて夢のまた夢です。
自分の人生を生きているのではなく、ただ店舗のシフトを埋めるためだけの「便利な駒」として扱われている感覚でした。
深夜2時に閉め、朝7時に開ける「弾丸シフト」の恐怖
さらに過酷だったのが、勤務時間の不規則さです。
深夜2時に閉店作業を終えて帰宅し、数時間の仮眠だけで朝7時の開店準備に立ち会う。

通称「弾丸シフト」が常態化していました。
帰宅しても足がパンパンに浮腫んで眠れず、ようやくウトウトした瞬間にアラームが鳴る。
寝ぼけ眼で油の前に立ち、フライヤーを回しながら「自分は一体、何のために生きているんだろう」と、意識が遠のく感覚を何度も味わいました。
逃げ場のない人間関係。店長という「絶対君主」
労働環境の悪さの主たる原因は店長の存在でした。
機嫌一つで店の空気が変わる。常に顔色を伺う12時間
閉鎖的な店舗という空間において、言わずもがな店長は絶対的な存在です。
店長の機嫌が悪い日は、バックヤードに怒号が飛び交い、ミスをすれば逃げ場のない叱責が続きます。
「なぜできないんだ」と詰め寄られ、狭い事務室で1時間以上立たされることもありました。
常に上司の顔色を伺いながら働く12時間は、肉体的な疲労以上に、精神をボロボロに削っていきました。
教育という名の放置。背中を見て覚えろは、ただの怠慢だった
「忙しいんだから、背中を見て覚えろ」。今時信じられないかもしれませんが、それが唯一の教育方針でした。
具体的な手順を教えてもらえないまま現場に放り出され、ミスをすれば「やる気がない」と決めつけられる。
これは教育ではなく、単なる放置であり怠慢です。
新卒が育つ仕組みがない職場で、ただ使い潰されていく未来。
ここで長く働くことは、自分のキャリアにとってプラスにならないと確信しました。
心身の限界。「このままでは自分が壊れる」と悟った決定打

足の震えが止まらない。思考停止のルーチンワーク
ある日の深夜、誰もいない店内で床を磨いていた時、ふと膝が笑い、足の震えが止まらなくなりました。
疲れすぎて、感情がどこかへ行ってしまったような感覚です。
「明日もまた同じ時間にここに来て、同じ怒鳴り声を聞くのか」と考えた瞬間、プツンと何かが切れました。
自分の身体が「もう限界だ」と悲鳴を上げているのがはっきりと分かりました。
健康診断の結果に震えた。22歳でボロボロになった身体
入社して1年も経たないうちに、健康診断の結果はボロボロでした。
不規則な食事、慢性的な睡眠不足、そして絶え間ないストレス。
22歳とは思えないような数値が並んでいるのを見て、愕然としました。
「仕事のために寿命を削っている」
その事実に気づいたとき、もう一刻も猶予はないと感じました。
勢いでもいい、逃げなきゃいけない時がある
「石の上にも三年」という言葉が頭をよぎりましたが、今のままでは3年経つ前に自分が壊れてしまう。
キャリアのことなんて二の次。
まずは「人間らしい生活」を取り戻すために、私は退職を決意しました。
周りからは「逃げだ」と言われましたが、あの時の決断が、私の命を救ったのだと今でも確信しています。
まとめ:新卒カードを捨ててでも手に入れたかった「人間らしい生活」

空白期間を恐れ、まずは「工場派遣」へ逃げた理由
次を決めずに辞めることには、大きな不安がありました。
でも、あの地獄に一日でも長く留まることの方が、私には何倍も恐ろしかったのです。
まずは生活費を確保するため、そして何より「深夜まで働かなくていい」「土日が休み」という当たり前の生活を取り戻すために、私は工場派遣という道を選びました。
そこで働きつつ、民間資格を取得することで次の就活に繋げようと考えました。
そして転職サイトで見つけたその資格を活かせる中小企業へ転職することとなるのですが…。
本当に救い用のない話ですが、実はそこもブラックだったのです。
続きが気になる方は、【実録】「アットホーム」の正体は家族経営だった。2社目もブラック企業で絶望した私の実体験をご覧下さい。
